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- Da-iCE「アンリミテッド」MV公開 爽快なサマーソングが映像でも加速
Da-iCEが新曲「アンリミテッド」のミュージックビデオを公開した。キリンビール「のどごし<生>」CMソングとして生まれた、ブレイクビーツとフルバンド、ホーンが駆け抜ける夏曲。工藤大輝と花村想太が作詞・作曲に参加し、前向きな言葉と5人の勢いが映像でも一気に伝わる。今日のプレイリストを明るく始めたい人にぴったりの一本だ。 今日の聴きどころ 公式映像を入口に、楽曲のフック、アーティストの現在地、作品との接点を短時間でつかめる。気になったらフル音源や公式チャンネルへ進みたい。 関連動画・出典 https://www.youtube.com/watch?v=FpX5Asv6Xps https://avexnet.jp/news/1035091 関連記事 https://www.zen-projects.com/post/c40d08e3-bb01-4818-ab22-757af64c6c22 https://www.zen-projects.com/post/e9b552ce-2720-409e-8ff0-9bfcbf84c08b https://www.zen-projects.com/post/a7b9b286-d777-404e-a7e6-b834ab4337f7 BRUSH MUSIC からのご案内 CONTENTS HUB では日本のインディーズ音楽を中心に、オリジナルコンテンツが見放題で聴き放題!是非BRUSH MEMBERに加入して素晴らしい音楽体験を味わってくださいっ! CREATIVE LAB では、インディーアーティストのための音楽活動支援です。配信登録は初期費用なしで何曲でも登録が可能!さらにSNSの拡散サポートや著作権印税の登録サポートなど充実しております。 ▶ BRUSH MEMBERになる! わからないこと・気になることは、画面右下の「AI とチャットする」から AI WELCOMEMAN が24時間お答えします。
- What's your dream — NO2 WOMAN / EPISODE 02、胸の奥の小さな火を声に出す
新曲「What's your dream」を公開した。WELCOMEWOMAN PROJECT の EPISODE 02。歌うのは NO2 WOMAN。 EPISODE 01「ON THE WAY」が「機内モードからオンラインへ」— 自分がもう動き出していることに気づく瞬間を描いたのに対し、EPISODE 02 はその次のステップだ。人に向かって「君の夢は何?」と問いかける。自分だけの話から、誰かと一緒に走る話へ。 コアテーマ:夢を語ること自体をダンスにする サビで繰り返されるのは「What's your dream / Tell me now」。夢を聞くことから始めて、そのまま今夜追いかけることにしてしまう。計画を立てる前に踊り出す、というアフロビーツ特有の楽観性が軌だ。 Verse 1 では「遠いと笑っていても、それはちゃんと胸の中に住んでいて、小さな火花と小さな計画があなたを休ませてくれない」と歌われる。夜明け前に目が覚めてしまうあの感覚。新しい仕事、新しい場所、あるいはただ「大丈夫だと感じたい」だけなのか、と問いかける。 Verse 2 ではスケールが一気に広がる。小さな店が道端から帝国になる、一曲が世界のアンセムになる、忙しい頭を静めてくれる愛がある — 全部「たった一行から始まる」と言い切る。 楽曲解析 ・ BPM:92(swung sixteenth groove) ・ キー:F# minor ・ コードループ:F#m11 → E6/9 over G# → F#m7 → Bm11 → Dmaj7#11 → Amaj9 → F#m7 → Bm11 ・ 構造:Chorus → Verse 1 → Pre-Chorus → Chorus → Verse 2 → Pre-Chorus → Chorus → Bridge → Chorus 制作ノート:サビから始まる構成にした。問いかけの曲なので、最初の2小節で「君の夢は何?」を投げてしまう。swung sixteenth のグルーヴに F#m11 や Dmaj7#11 のテンションコードを乗せて、踊れるのにどこか内省的な響きにしている。 Nigerian Pidgin という選択 歌詞はナイジェリアのピジン英語で書いた。「Make we run am(一緒に走ろう)」「You dey laugh(笑ってるね)」のような言い回しは、標準英語では出ない距離の近さを作る。誰かに夢を聞くという行為は、もともととてもパーソナルなことだから、言葉もそうあるべきだと思った。 この楽曲・プロジェクトが気になった方、共同制作にご兴味のある方は、ぜひ お問い合わせ ください。EPISODE 03 以降も順次公開していきます。 楽曲情報 タイトル: What's your dream / アーティスト: NO2 WOMAN シリーズ: WELCOMEWOMAN PROJECT / EPISODE 02 ジャンル: Afrobeats / Afro-R&B(Nigerian Pidgin) BPM: 92 (swung sixteenth) / Key: F# minor
- 2027年グラミー第1ラウンド投票前チェック — 日本チームが9月に整える5項目
2027年グラミー賞は、10月12日から第1ラウンド投票が始まる予定だ。OEPや対象期間が終わった今、日本のチームに必要なのは“待つこと”だけではない。英語プロフィール、公式MV、配信リンク、クレジット、海外向け説明文を整えておくことで、関係者が作品に触れる入口は大きく変わる。今回は9月時点で確認しておきたい実務チェックを、GAJ視点で整理する。次の海外展開にも使える土台作りだ。今から整えておきたい。 1. 公式導線を英語でそろえる まず整えたいのは、アーティスト名、楽曲名、制作者クレジット、所属、公式サイト、YouTube、配信リンクの英語表記だ。Recording Academyの公式日程では、2027年グラミーの第1ラウンド投票は10月12日から10月22日まで。そこへ向けて、関係者が作品を見つけた時に迷わず聴ける導線を用意しておきたい。日本語だけの情報、表記ゆれ、古いSNSリンクは海外向けの説明力を下げてしまう。 2. 作品のジャンル文脈を短く説明する 2027年はBest Asian Pop Music Performanceを含む新カテゴリーが発効する。加えて、投票メンバーが専門領域に沿って投票しやすくなるBallot Plusも案内されている。だからこそ、作品がどの文脈で聴かれるべきかを短く説明できることが重要になる。J-POP、HipHop、R&B、オルタナティブ、伝統音楽との接点、アジア市場での反応など、制度の言葉に置き換えられる情報を整理しておきたい。 3. 公式映像を“最初の入口”にする 海外の関係者が最初に見る素材として、YouTubeの公式MVやライブ映像は強い。音だけでは伝わりにくい表情、演奏、観客反応、映像美を一度に届けられるからだ。GAJ記事でもYouTube URLを裸リンクで置くのではなく、動画枠として埋め込み、読者がその場で視聴できる形を重視している。映像が本人公式チャンネル以外で公開される場合も、公式導線として確認できるものなら整理対象にする。 4. 9月は“見つけてもらう準備”の月 公式発表では、ノミネート発表は11月16日、最終投票は12月10日から2027年1月7日まで、授賞式は2月7日に予定されている。9月から10月は、作品そのものを変える期間ではなく、検索、SNS、公式ページ、ニュース記事、プロフィールをつなぎ直す期間として捉えたい。提出済み作品がある場合も、次年度を目指す場合も、情報導線を整えることは無駄にならない。 5. GAJは制度ニュースを実務に変換する グラミー関連ニュースは、単なる海外ニュースとして消費すると日本の現場に残りにくい。GAJでは、公式発表、投票スケジュール、カテゴリー変更、メンバーシップ、映像導線を、日本のアーティストや制作チームが使える実務情報へ変換していく。海外賞を目指す準備は、楽曲の完成後だけでなく、普段の情報整理、公式導線、英語発信の積み重ねから始まる。 関連記事 2027年グラミー、OEP終了後の流れ — 審査・第1ラウンド投票で何が起きるか 2027年グラミー新5部門 — Best Asian Pop Music Performanceが開く入口 出典 GRAMMY.com公式: 2027年グラミー新カテゴリー・ルール更新 GRAMMY.com公式: 2027年授賞式日程 GRAMMY.com公式: Voting Process GRAMMY.com公式FAQ GAJメンバー登録 GAJ メンバー登録: https://www.brushmusic.com/artist/categories/gaj-members
- サカノウエヨースケ独奏会「耳元で歌うよ ヘッドフォン生LIVE」 1st
Part1 Part2 2023年1月7日に開催されたシンガーソングライター・サカノウエヨースケのライブのアーカイブになります。 この日は2部制でファーストステージのライブ映像になります。 ・プロフィール シンガーソングライターとして活動しながら、持ち前のポップスのセンス を活かし、CM音楽の制作やアイドルへの楽曲提供、舞台・映画の音楽制 作など幅広く音楽活動を行う。 19才で浅倉大介プロデュースによりメジャーデビュー。 その後、ギタ-1本担いでアメリカに渡り、直談判でニューヨークの歴史的ライブハウス・CBGBにて行われたフェスに出演。 その他、シカゴやロサンゼルスでもライブを行い、大声援を浴びた。 日本では、自ら東京ドームへ交渉に行き、インディーズ史上初の東京ドームでのライブを敢行するなど、数々の逸話を持つ。 一時活動休止を経て、2011年に発売した『THE POPS』は衰えない抜群のポップセンスを魅せつけ、スマッシュヒットとなった。 音楽以外にもステンシルアーティストから手ほどきを受け、ステンシルアートの個展を開き、「サカフェス」などのイベントも開催した。 現在は俳優の米原幸佑と共に「ヨースケコースケ」としての活動も繰り広げる。 そして、ソロライブ『ヨースケNIGHT』を定期的に開催中。
- 2022/12/28 JUGEN 年末弦乱舞会
2022年12月28日に大阪のABCホールで開催されたJUENの年末弦乱舞会のアーカイブ映像です。 ・プロフィール ジャンルは特にこだわらず、ロック・カントリー・アイリッシュ等をブレンドしたアコースティックを中心に、時にエレクトリックなハイブリッド型サウンド。 主催イベント企画、ホールコンサート、学校公演等多数。 2022年に文化庁芸術文化事業に採択され、活動の幅を全国に広げる一方で、オンラインコミュニティ「JUGENオンラインサロン」を運営。 これまでにフルアルバム 3 枚をリリース。
- Stevie Wonder — 1977年 Album of the Year / 「Songs in the Key of Life」がポップ音楽の地図を広げた瞬間
Stevie Wonderが1977年のグラミー賞で「Songs in the Key of Life」によりAlbum of the Yearを受賞したことは、単なる名盤の表彰ではありませんでした。作曲、演奏、プロデュース、社会性、ポップ性を一人の音楽家が高い密度で結び、R&Bとソウルが世界のメインストリームの中心へ立つ瞬間でもありました。GAJでは、その意味をいまの日本の音楽制作と海外展開の視点から読み解きます。 1970年代半ば、ポップの中心を自分の手で作った人 1970年代のStevie Wonderは、シンガーという枠だけでは語れない存在でした。幼少期からMotown/Tamlaでキャリアを始め、13歳でヒットを経験しながら、成人後には自らの作品世界を主導する作家、演奏家、プロデューサーへ変化していきます。Grammy.comのプロフィールでも、Wonderは25勝75ノミネートを記録するトップクラスの受賞者として紹介され、さらに「Album Of The Year」をキャリアで3度受賞した数少ないアーティストの一人とされています。ここで重要なのは、受賞数そのものよりも、彼がポップ音楽の制作権限をアーティスト側へ引き寄せたことです。歌う人が書き、弾き、録り、全体の思想まで設計する。その姿勢は、現在のインディペンデントな制作環境にも直結しています。 「Songs in the Key of Life」というアルバムの大きさ 「Songs in the Key of Life」は、アルバムというフォーマットをひとつの都市のように広げた作品です。愛、家族、社会、信仰、子ども、日常、ダンス、怒り、希望。テーマは大きいのに、曲ごとの手触りはきわめて身体的で、聴き手は説教ではなくメロディとリズムを通じて世界へ入っていきます。R&B、ソウル、ファンク、ジャズ、ゴスペル、ポップが互いに境界を溶かし、どの曲も単独のヒットとして機能しながら、アルバム全体ではひとつの長い物語になる。1977年のAlbum of the Year受賞は、そうした総合芸術としてのポップアルバムが最高評価を受けた出来事でした。 1977年の受賞が意味したもの 19th Annual GRAMMY Awardsの公式記録では、1977年のAlbum of the Year受賞作は「Songs In The Key Of Life」、アーティストおよびプロデューサーとしてStevie Wonderの名前が記載されています。同年にはMale Pop Vocal Performance、Male R&B Vocal Performance、Producer Of The Year, Non-ClassicalでもWonderが受賞しており、作品、歌唱、R&B表現、制作力が同時に認められました。つまりこの受賞は「良いアルバムだった」という一点ではなく、音楽家としての総合力をグラミーが評価したケースです。日本のアーティストに置き換えると、単に海外受けしそうな曲を作るのではなく、作家性、サウンド、映像、言葉、プロデュース体制まで含めて、世界へ提出できる作品設計を持つことの重要性が見えてきます。 代表曲から見える世界への開き方 代表曲を聴くと、その強さはさらにわかりやすくなります。「I Wish」は個人的な記憶をファンクの推進力へ変え、「Sir Duke」は音楽への祝福をポップソングに変え、「Isn’t She Lovely」は家族の喜びを世界中が共有できるメロディにしました。Wonderの曲は複雑なコードやリズムを使っていても、入口はいつも開かれています。難しいことを難しく見せるのではなく、豊かな構造を親しみやすい形で届ける。ここが世界標準のポップスとして非常に強い部分です。 日本の音楽制作者へのヒント GAJがこの作品を取り上げる理由は、過去の偉業を懐かしむためだけではありません。日本から海外へ向かう音楽にとって、Stevie Wonderの1970年代は今でも有効なヒントを持っています。ひとつは、ジャンル名を目的にしないこと。R&B、ファンク、ポップ、ジャズと説明することはできますが、作品の本質はジャンルの足し算ではなく、アーティスト自身の視点で世界を編集する力にあります。もうひとつは、音楽の社会性をコピーではなく日常の言葉へ落とし込むこと。大きなテーマを掲げるだけでは届かない。踊れること、口ずさめること、物語として残ること。その全部を同時に設計するからこそ、作品は国境を越えます。 アルバム体験をもう一度つくる また「Songs in the Key of Life」は、アルバム体験そのものの価値を思い出させてくれます。現在はショート動画、プレイリスト、SNSのフックから楽曲が広がる時代ですが、アーティストの深い理解やファン化は、単曲だけでは完結しません。複数曲、映像、プロフィール、ライブ、ニュース、制作背景がつながったとき、ひとりの音楽家の輪郭が見えてきます。BRUSH MUSIC / GAJがアーティスト記事、ニュース、ヒストリー記事を積み上げる意味もそこにあります。点ではなく、文脈として音楽を届ける。 この作品をいま振り返ることは、過去の名盤を称えるだけではなく、音楽家が自分の物語をどう世界へ届けるかを考える入口になります。配信、SNS、映像の速度が増した時代でも、深い作品文脈はアーティストの信頼を支える資産になります。GAJでは、その文脈を日本語で残し、次の世代の制作と海外展開につなげていきます。 推薦試聴とGAJ導線 推薦試聴としては、まず「Superstition」から入ると、Wonderのリズム、声、クラビネットの存在感が一気に伝わります。そのうえで「Songs in the Key of Life」全体へ進むと、1977年の受賞がいかに広い射程を持っていたかが見えてきます。GAJでは今後も、グラミー受賞作を単なる名盤紹介ではなく、日本の音楽制作者が世界へ向かうための参考資料として読み解いていきます。 関連記事: https://www.brushmusic.com/post/michael-jackson-thriller-1984-grammy-album-of-the-year https://www.brushmusic.com/post/lauryn-hill-miseducation-1999-grammy-album-of-the-year https://www.brushmusic.com/post/u2-the-joshua-tree-1988-grammy-album-of-the-year-20260908 https://www.brushmusic.com/post/bruno-mars-24k-magic-2018-grammy-album-of-the-year 出典: Grammy.com Stevie Wonder: https://www.grammy.com/artists/stevie-wonder/8257/ 19th Annual GRAMMY Awards: https://www.grammy.com/awards/19th-annual-grammy-awards/ YouTube: 冒頭動画として埋め込み済み GAJ メンバー登録: https://www.brushmusic.com/artist/categories/gaj-members
- JUGEN × Kyas 愛媛公演のアーカイブ映像
2022年11月26日に開催されたJUGEN × Kyas 愛媛公演のアーカイブ映像です。この公演は、特別な音楽体験を提供しました。 JUGENの紹介 JUGENは、2013年にバイオリニストのフミ子とギタリスト松本ハルキによって結成されました。彼らは、様々なジャンルを融合させています。ロック、カントリー、アイリッシュなど、アコースティックを中心に、時にはエレクトリックなハイブリッド型サウンドを展開しています。 活動の幅を広げる JUGENは、主催イベント企画、ホールコンサート、学校公演など、多数の活動を行っています。2022年には文化庁芸術文化事業に採択され、活動の幅を全国に広げました。これにより、より多くの人々に彼らの音楽を届けることができるようになりました。 オンラインコミュニティの運営 また、JUGENは「JUGENオンラインサロン」というオンラインコミュニティも運営しています。このサロンでは、ファンとの交流や音楽に関する情報を共有しています。ファンにとって、特別な体験を提供する場となっています。 音楽のリリース これまでに、JUGENはフルアルバムを3枚リリースしています。これらのアルバムは、彼らの音楽スタイルを反映した作品です。特に、音楽の多様性が感じられる内容となっています。 まとめ JUGEN × Kyas 愛媛公演は、音楽の魅力を再確認させてくれる素晴らしいイベントでした。彼らの音楽は、ジャンルを超えた多様性を持っています。今後の活動にも期待が高まります。 このように、JUGENの音楽は多くの人々に愛されています。彼らの活動を通じて、音楽の素晴らしさを再発見することができます。音楽の力を感じるために、ぜひ彼らの作品をチェックしてみてください。
- Daft Punk|アーティスト歴史 完全版 — 2体のロボットが電子音楽を「Album Of The Year」へ運ぶまで/グラミー賞 6勝12ノミネート 全記録
「Get Lucky」(2013年4月19日リリース) ── ファレル・ウィリアムス、ナイル・ロジャースを迎えたこの1曲が、2014年2月の第56回グラミー賞で Record Of The Year を獲り、同時にアルバム『Random Access Memories』を Album Of The Year へ運んだ。エレクトロニック・ミュージックの作品が本賞を獲ったのは、グラミー賞の歴史で初めてだった。 数字で見る Daft Punk グラミー賞 受賞 6回 / ノミネート 12回(The Recording Academy 公式アーティストページ) 結成 1993年・パリ / 解散 2021年2月22日 ── 活動期間 28年 メンバー 2人(Thomas Bangalter / Guy-Manuel de Homem-Christo) 二人が出会ったのは 1987年、パリの Lycée Carnot バンド名の由来は 1992年の前身バンド Darlin' への酷評「daft punky thrash」 スタジオ・アルバム 4枚(1997 / 2001 / 2005 / 2013) 初のグラミー・ノミネート 1997年「Da Funk」(Best Dance Recording) 初受賞 2009年・第51回で2部門(「Harder Better Faster Stronger」/『Alive 2007』) 第56回(2014年)は4部門受賞 ── ROTY / AOTY / Best Pop Duo・Group Performance / Best Dance・Electronic Album Billboard 200 で初の1位は 2013年『Random Access Memories』 「Get Lucky」は Billboard Hot 100 で最高2位 解散を告げた映像「Epilogue」は約8分。曲ではなく、映像1本で終わりを announce した はじめに ── なぜいま Daft Punk を読み直すのか Daft Punk は「ヘルメットをかぶった2人組」として記憶されている。だがこのプロジェクトが音楽産業に残したものは、ビジュアルの奇抜さではない。ダンスミュージックを「シングルの集合」から「通して聴くアルバム」へ引き上げ、覆面という匿名性を弱点ではなく資産に変え、最後は生演奏に戻ることで電子音楽の評価軸そのものを動かした。 グラミー賞という物差しで見ると、その移動距離は残酷なほど分かりやすい。1997年、彼らの最初のノミネートは Best Dance Recording という「ジャンルの部屋」だった。2014年、彼らは Album Of The Year という「全ジャンル共通の部屋」に立っていた。この記事は、その17年をたどる。 日本の音楽関係者にとって、この軌跡は他人事ではない。ジャンルの部屋から一般部門へ出ていく道筋は、いま日本の作品が直面している課題とほぼ同じ形をしているからだ。 第1章|1987年、パリの高校で Thomas Bangalter と Guy-Manuel de Homem-Christo が出会ったのは 1987年、パリの Lycée Carnot だった。二人とも十代前半。まだ電子音楽の作り手ではなく、ロックとポップスを浴びるように聴く生徒だった。 後年の Daft Punk を「フランス発の電子音楽ユニット」と一行で説明すると、この出発点が抜け落ちる。彼らの音楽にいつも人力のグルーヴと歌のフックが残り続けたのは、最初がバンドだったからだ。 第2章|1992年 Darlin' ── 酷評が名前になった 1992年、二人は Laurent Brancowitz を加えて Darlin' というバンドを組む。Bangalter がベース、de Homem-Christo がギター、Brancowitz がギターとドラム。インディー・ロックだった。 英国の音楽批評がその曲を「daft punky thrash(間の抜けたパンクもどきの騒音)」と切り捨てる。普通なら傷として残る一文を、二人はバンド名に採用した。ここに Daft Punk の性格が最初から出ている。外から貼られたラベルを、そのまま自分の看板にしてしまう。 なお Brancowitz はこの後 Phoenix へ合流する。パリの同じ教室から、二つの世界的バンドが出た。 第3章|1993年、Daft Punk 誕生 1993年、二人組の Daft Punk が始まる。当時のパリにハウスの土壌はほとんどなく、彼らはシカゴとデトロイトの輸入盤を頼りに制作を覚えていった。 ロック出身者がハウスを作る、という立ち位置がそのまま独自性になった。フィルターをかけたディスコのループに、ロックの構成感覚とギターの手癖が混ざる。のちに「フレンチ・タッチ」と呼ばれる音の原型である。 第4章|1995年「Da Funk」── 世界が最初に振り向いた 1995年のシングル「Da Funk」は、ファンクとアシッド・ハウスを一本のグルーヴに縫い合わせたインストゥルメンタルだった。歌もフックもないのに、クラブの外まで届いた。 この曲は 1997年に Best Dance Recording でグラミー賞に初ノミネートされる。この時点では、まだ「ダンス部門のフランス人」だった。 「Da Funk」(1995) ── 公式チャンネルのリマスター版。歌のない4分半が、彼らを国外へ運んだ。 第5章|1997年『Homework』── アルバムとして聴かせる デビュー・アルバム『Homework』(1997年)は、当時のダンスミュージックとしては異例の作りをしていた。12インチを寄せ集めたコンピレーションではなく、通して聴く順番が設計されている。 ダンスミュージックを「アルバム」というフォーマットで評価させる ── のちのグラミー賞での戦いは、実はここから始まっている。 第6章|「Around the World」── MVを作品側に置く 「Around the World」のミュージックビデオは、ミシェル・ゴンドリーが手がけた。楽器のパートごとにダンサーの種類を割り当て、音の構造を目で見える形に翻訳した。 Daft Punk は以後、映像を「宣伝物」ではなく「作品の一部」として扱い続ける。この方針が後の『Interstella 5555』にも、解散を告げた「Epilogue」にもつながっていく。 「Around the World」(1997) ── ミシェル・ゴンドリー監督。音の構造をそのまま振付に置き換えた。 第7章|1999年、ヘルメット ── 匿名性を資産に変える 1999年、二人はロボットのヘルメットをかぶって公の場に出るようになる。素顔を出さないという選択は、当時のポップスの常識に逆行していた。 だがこれは隠れる装置ではなく、増幅する装置だった。顔がないぶん作品と記号だけが流通し、どのメディアに載っても像がぶれない。個人の消費期限と作品の寿命を切り離す仕掛けでもある。 第8章|2001年『Discovery』── ディスコとAORの再発明 『Discovery』(2001年)で、二人は一気に歌もの側へ振り切る。70〜80年代のディスコ、R&B、グラムロックを電子的な加工で通し直した、明るく甘い一枚だった。 「One More Time」「Digital Love」「Harder, Better, Faster, Stronger」── ここで作られたフックは、20年以上あとの世代にサンプリングされ続けている。「One More Time」は 2002年に Best Dance Recording でノミネートされた。 「One More Time」(2000) ── 『Discovery』の開幕曲。2002年に Best Dance Recording でノミネート。 第9章|『Interstella 5555』── アルバムを長編アニメにする 『Discovery』全曲に映像をつけ、松本零士の監修で一本の長編アニメーションに仕立てたのが『Interstella 5555: The 5tory of the 5ecret 5tar 5ystem』(2003年)である。セリフはない。音楽だけで物語が進む。 日本のアニメーションとフランスの電子音楽が、宣伝企画ではなく作品として組まれた稀な例だ。日本の制作現場にとって、いまも参照する価値のある座組である。 第10章|2005年『Human After All』── 賛否と、その後 『Human After All』(2005年)は短期間で作られ、反復を極端に押し出した硬質な作品だった。当時の評価は割れた。 ただしこのアルバムは Best Dance/Electronic Album にノミネートされ、なにより収録曲がライブで別物へ育つ。批判された素材が、次の章で最大の武器になる。 第11章|2006-2007 ── ピラミッドが作った10年 2006年のコーチェラ、そして 2007年のワールドツアー。ピラミッド型のセットに立つ2体のロボットという光景は、以後10年のダンスミュージックのライブ演出を規定した。 2007年6月14日、パリの Palais Omnisports de Paris-Bercy での公演を収めたライブ盤『Alive 2007』が同年11月19日にリリースされる。『Human After All』の曲が、ここで完全に生まれ変わった。 「Harder, Better, Faster, Stronger」(2001) ── このライブ版が 2009年に Daft Punk 初のグラミー受賞をもたらす。 第12章|2009年、初のグラミー2冠 第51回グラミー賞(2009年)で、Daft Punk はついに受賞側へ回る。「Harder Better Faster Stronger」で Best Dance/Electronic Recording、『Alive 2007』で Best Dance/Electronic Album。デビューから12年、初ノミネートから12年後だった。 受賞はいずれもダンス/エレクトロニック部門。まだ「ジャンルの部屋」の中にいる。 第13章|2010年『TRON: LEGACY』── オーケストラへ ディズニー映画『トロン: レガシー』(2010年)のスコアで、二人は約85人編成のオーケストラとシンセサイザーを同じ譜面の上に置いた。 この仕事は第54回グラミー賞(2012年)で Best Score Soundtrack にノミネートされる。受賞は逃したが、生演奏の現場で指揮者・エンジニア・アレンジャーと働いた経験が、次のアルバムの方法論そのものになった。 第14章|2013年『Random Access Memories』── 逆張りの完成形 EDMがフェスの主役になり、制作がノートPC1台で完結し始めた 2013年に、Daft Punk が出した答えは「スタジオに人を集めて生で録る」だった。 ナイル・ロジャース、ファレル・ウィリアムス、ジョルジオ・モロダー、ポール・ウィリアムス、ジュリアン・カサブランカス。電子音楽ユニットの作品でありながら、クレジットの大半は人間の演奏で埋まっている。 『Random Access Memories』は彼らにとって初の Billboard 200 1位となり、「Get Lucky」は Hot 100 で最高2位を記録した。 「Instant Crush」ft. Julian Casablancas(2013) ── 『Random Access Memories』の中でも、バンド出身であることが最も露わになる一曲。 第15章|2014年2月 ── 史上初の Album Of The Year 第56回グラミー賞で、Daft Punk は4部門を受賞する。Record Of The Year(Get Lucky)、Best Pop Duo/Group Performance(Get Lucky)、Best Dance/Electronic Album(Random Access Memories)、そして Album Of The Year(Random Access Memories)。 エレクトロニック・ミュージックの作品が Album Of The Year を受賞したのは、グラミー賞の歴史で初めてだった。17年前に Best Dance Recording でノミネートされた2人組が、全ジャンル共通の最高賞の側へ移った瞬間である。 受賞スピーチでも二人は話さなかった。ヘルメットのまま立ち、代わりにポール・ウィリアムスとナイル・ロジャースがマイクを取った。最後まで設計どおりだった。 第16章|2021年「Epilogue」── 終わり方まで作品にした 2021年2月22日、Daft Punk は約8分の映像「Epilogue」で解散を告げた。荒野を歩く2体のロボット。片方がジャケットを脱ぐと背中に自爆スイッチがあり、もう片方がそれを押す。 声明文もインタビューもなかった。28年の活動を、言葉ではなく1本の映像で閉じた。作品と人格を切り離し続けたユニットにとって、これ以上に一貫した終わり方はない。 第17章|2023年以降 ── アーカイブと、その先 解散からちょうど2年後の 2023年2月22日、『Random Access Memories』10周年エディションの制作が発表される。デモとアウトテイクを収めたボーナス・ディスク付きだった。 同年4月7日には Thomas Bangalter がソロ作『Mythologies』を発表する。バレエのために書かれたオーケストラ作品で、電子楽器は使われていない。ロックバンドから始まり、電子音楽で頂点に立ち、生楽器へ戻る ── 30年の円がここで閉じる。 グラミー賞 全記録 ── 受賞6回 / ノミネート12回 受賞(6回) 2014年・第56回|Album Of The Year ── 『Random Access Memories』★エレクトロニック作品として史上初 2014年・第56回|Record Of The Year ── 「Get Lucky」(with Pharrell Williams, Nile Rodgers) 2014年・第56回|Best Pop Duo/Group Performance ── 「Get Lucky」 2014年・第56回|Best Dance/Electronic Album ── 『Random Access Memories』 2009年・第51回|Best Dance/Electronic Recording ── 「Harder Better Faster Stronger」 2009年・第51回|Best Dance/Electronic Album ── 『Alive 2007』 主なノミネート 1997年|Best Dance Recording ── 「Da Funk」(初ノミネート) 2002年・第44回|Best Dance Recording ── 「One More Time」(with Romanthony) 2002年・第44回|Pop Instrumental Performance ── 「Short Circuit」 2006年・第48回|Best Dance/Electronic Album ── 『Human After All』 2012年・第54回|Best Score Soundtrack For Visual Media ── 『TRON: Legacy』 ※ 受賞・ノミネートの件数と部門名は The Recording Academy 公式アーティストページ(grammy.com)の記載に準拠。エンジニア・プロデューサー名義で贈られる部門は、アーティスト本人の受賞数に含めない集計となっている。 Big 4(一般4部門)との関係 Daft Punk が獲った一般部門は Album Of The Year と Record Of The Year の2つ。Song Of The Year と Best New Artist の受賞はない。それでも「エレクトロニック・ミュージックが一般部門を獲れる」という前例を最初に作ったのは彼らであり、以後の Dance/Electronic 勢の評価はこの1回を基準に語られている。 ディスコグラフィ ── スタジオ・アルバムと主要作 1997年『Homework』── デビュー作。「Da Funk」「Around the World」収録 2001年『Discovery』── 「One More Time」「Digital Love」「Harder, Better, Faster, Stronger」収録 2003年『Interstella 5555』── 『Discovery』全曲を松本零士監修で長編アニメ化した映像作品 2005年『Human After All』── 3作目。第48回でノミネート 2007年『Alive 2007』── ライブ盤(2007年6月14日パリ Bercy 公演/同年11月19日発売)。第51回で2部門受賞 2010年『TRON: Legacy』── ディズニー映画のオリジナル・スコア。第54回でノミネート 2013年『Random Access Memories』── 4作目にして最後のスタジオ作。第56回で AOTY を含む4部門受賞 2023年『Random Access Memories (10th Anniversary Edition)』── デモ・アウトテイク収録のボーナス・ディスク付き 日本の音楽関係者にとっての Daft Punk Daft Punk の17年は、「ジャンルの部屋」から「一般部門」へ出ていくための道筋そのものである。ダンスミュージックはダンス部門で評価される ── その前提を崩したのは、ジャンルを捨てたからではない。アルバムという単位で作り、映像まで作品として設計し、生演奏の現場に足を運んで、審査する側が使っている評価軸の上で戦ったからだ。 日本の作品が国際的な賞の議論に乗るとき、ぶつかるのは同じ壁である。「J-POP」「シティポップ」「アニメソング」というジャンルの部屋は入口としては有効だが、そこに留まる限り一般部門の議論には入らない。Daft Punk が示したのは、部屋を出るには作品の作り方と見せ方を先に変える必要がある、という順番だった。 G Association Japan(GAJ) は、日本の音楽関係者がグラミー賞の制度そのものを正しく理解し、実際にエントリー・投票・推薦の輪に入っていくための組織です。会員種別、エントリーの要件、年間スケジュールについては GAJ の各ページをご覧ください。
- 2022/9/10 JUGEN 北海道公演
Part2 2022年9月10日に北海道の小西健二音楽堂で行われたJUGENのライブ映像のアーカイブになります。 ・プロフィール ジャンルは特にこだわらず、ロック・カントリー・アイリッシュ等をブレンドしたアコースティックを中心に、時にエレクトリックなハイブリッド型サウンド。 主催イベント企画、ホールコンサート、学校公演等多数。 2022年に文化庁芸術文化事業に採択され、活動の幅を全国に広げる一方で、オンラインコミュニティ「JUGENオンラインサロン」を運営。 これまでにフルアルバム 3 枚をリリース。
- 2022/10/22 JUGEN 神戸公演
2022年10月22日に神戸酒心館で開催されたJUGEN神戸公演のアーカイブ映像です。 2013年バイオリニストのフミ子とギタリスト松本ハルキによって結成。 ・プロフィール ジャンルは特にこだわらず、 ロック・カントリー・アイリッシュ等をブレンドしたアコースティックを中心に、時にエレクトリックなハイブリッド型サウンド。 主催イベント企画、ホールコンサート、学校公演等多数。 2022年に文化庁芸術文化事業に採択され、活動の幅を全国に広げる一方で、オンラインコミュニティ「JUGENオンラインサロン」を運営。 これまでにフルアルバム 3 枚をリリース。
- Sweet Candy Music☆ カラフルスクリーム
2022年11月12日に開催されたライブイベント・Sweet Candy Music☆のカラフルスクリームのライブ映像のアーカイブです。 ・プロフィール 関西を中心に活動中!2017年1月デビュー。 「あなたのココロに彩りを!」なつかしいのに新しい。 キュートなのにエモーショナル。 楽しいだけでは終わらせない。 ドラマティックでココロに残るステージを展開中!
- Sweet Candy Music☆ buGG
2022年11月12日に開催されたライブイベント・Sweet Candy Music☆のbuGGのライブ映像のアーカイブです。 ・プロフィール パンクサウンドを中心とした楽曲と熱いパフォーマンスを武器に活動している“予測不可能な自由奔放系アイドル”。2020年11月に1stアルバム「buGG PANiC」、2021年4月に1stシングル「Shake it! Shake it!!!!!」をリリースした。










