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Paul Simon|アーティスト歴史 完全版 — Album of the Year 3回受賞(史上4組) / Graceland 1600万枚 / Bridge Over Troubled Water 2500万枚 全記録

  • 7月2日
  • 読了時間: 9分

▲ ポール・サイモン『Graceland』ライブ映像(The Concert in Hyde Park/公式)。1986年グラミー賞 Album of the Year を受賞した金字塔の象徴的名演。 なお Recording Academy 公式の受賞スピーチ映像(GRAMMY Rewind/1976年 Album of the Year 受賞時、スティーヴィー・ワンダーへのユーモアで会場を沸かせた歴史的瞬間)はこちらで視聴できます。

数字で見る Paul Simon

  • 本名: Paul Frederic Simon(ポール・フレデリック・サイモン)/ 1941年10月13日、米ニュージャージー州ニューアーク生まれ

  • グラミー賞 通算受賞: 16回

  • Album of the Year 受賞: 3回 — 史上4組しかいない「AOTY 3回受賞」の一人(他はStevie Wonder / Frank Sinatra / Taylor Swift)

  • Record of the Year 受賞: 3曲(Mrs. Robinson / Bridge over Troubled Water / Graceland)

  • ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入り: 2回(1990年 Simon & Garfunkel、2001年 ソロ)

  • 『Graceland』全世界売上: 1,600万枚超(米5×プラチナ)、史上屈指の名盤

  • 『Bridge over Troubled Water』(S&G)売上: 約2,500万枚 / 同アルバムはグラミー6部門受賞

  • ケネディ・センター名誉賞: 2002年受賞

  • TIME誌「世界を形作った100人」: 2006年選出

  • ガーシュウィン賞(米議会図書館 ポピュラーソング功労賞): 2007年 初代受賞者

  • 米国 National Recording Registry 登録: 『Sounds of Silence』『Graceland』の2作

  • Simon & Garfunkel 名義アルバム 5作 / ソロ・スタジオ盤 十数作(1965〜2023)

はじめに — 「ソングライターの詩人」ポール・サイモンという到達点

ポール・サイモンは、20世紀後半のアメリカン・ポピュラー音楽を語るうえで決して外せない、ソングライティングの巨人である。1960年代、幼なじみのアート・ガーファンクルと組んだ Simon & Garfunkel で『The Sound of Silence』『Mrs. Robinson』『Bridge over Troubled Water』といった時代の讃歌を次々に世に送り出し、フォークロックというジャンルを大衆音楽の中心へ押し上げた。

そしてデュオ解散後のソロ活動では、フォークの枠に留まらず、ゴスペル、レゲエ、ズィデコ、そして南アフリカのイシカタミヤやムバカンガまでも吸収。1986年の金字塔『Graceland』でワールドミュージックとポップの融合という前人未到の地平を切り拓いた。グラミー賞 通算16回、Album of the Year を3度手にした彼のキャリアは、まさに「アーティスト歴史」そのものである。

第1章 生い立ち — ニューアークからクイーンズへ(1941〜1957)

1941年10月13日、ハンガリー系ユダヤ人の家庭にニュージャージー州ニューアークで生まれる。父ルイスはダンスバンドのベーシスト兼大学講師、母ベルは小学校教師という音楽と教育に満ちた家庭だった。一家はほどなくニューヨーク・クイーンズ区のフォレストヒルズへ移り、サイモンはここで生涯の相棒となるアート・ガーファンクルと出会う。

1953年、11歳のサイモンと12歳のガーファンクルは小学校の劇『不思議の国のアリス』で共演し意気投合。ドゥーワップとロックンロールに夢中になった二人は、やがて自作曲を歌う少年デュオへと成長していく。

第2章 トム&ジェリー — 最初のヒットと下積み(1957〜1963)

1957年、二人は「トム&ジェリー」名義でシングル『Hey Schoolgirl』を発表、全米49位のスマッシュヒットを記録する。まだ16歳の高校生だった。しかし続くヒットは出ず、サイモンはクイーンズ・カレッジで英文学を学びながら、覆面名義で数々のデモやシングルを量産する下積み時代を過ごす。

この時期に培われた職業作家的な鍛錬と、英文学で磨いた言葉への感覚が、のちの詩的なソングライティングの土台となった。

第3章 Simon & Garfunkel 誕生と『The Sound of Silence』(1964〜1966)

1964年、二人は本名で Simon & Garfunkel として再出発し、デビュー作『Wednesday Morning, 3 A.M.』を発表。当初は売れなかったが、収録曲『The Sound of Silence』にプロデューサーがエレキギターとドラムを後付けオーバーダブしたバージョンが1966年に全米No.1を獲得、一躍時代の寵児となる。

同年のアルバム『Sounds of Silence』『Parsley, Sage, Rosemary and Thyme』でフォークロックの旗手としての地位を確立。『The Sound of Silence』はのちに米国 National Recording Registry にも登録される不朽の名曲となった。

▲ The Sound of Silence(公式音源) — Simon & Garfunkel をスターダムへ押し上げた不朽の名曲。

第4章 『卒業』と『Mrs. Robinson』— 時代の声に(1967〜1968)

1968年、マイク・ニコルズ監督の映画『卒業(The Graduate)』にサイモン&ガーファンクルの楽曲が全面起用され、社会現象を巻き起こす。書き下ろしの『Mrs. Robinson』はグラミー賞 Record of the Year を受賞、アルバム『Bookends』は全米No.1に輝いた。

若者の疎外感と大人社会への懐疑を、洗練されたメロディと文学的な歌詞で描き出したサイモンは、単なるヒットメイカーを超え「世代の代弁者」として認識されるようになる。

▲ Mrs. Robinson(公式音源) — 映画『卒業』で時代を象徴、Record of the Year 受賞。

第5章 頂点と解散 — 『Bridge over Troubled Water』(1970)

1970年発表のアルバム『Bridge over Troubled Water』は全世界で約2,500万枚を売り上げ、デュオの商業的・芸術的頂点となった。表題曲はガーファンクルが歌う荘厳なバラードで、グラミー賞では Record of the Year / Song of the Year を含む主要6部門を独占する。

しかし創作の主導権や方向性を巡る二人の溝は深まり、絶頂の中でデュオは解散。サイモンはソロアーティストとしての新たな道を歩み始める。

第6章 ソロ始動 — 実験と多彩な70年代前半(1972〜1973)

1972年のソロ第1作『Paul Simon』は『Mother and Child Reunion』(レゲエを大胆に導入)『Me and Julio Down by the Schoolyard』といったヒットを生み、ソロでも一流であることを証明した。

翌1973年の『There Goes Rhymin' Simon』ではゴスペルやディキシーランドを取り込み、『Kodachrome』『Loves Me Like a Rock』が大ヒット。ジャンルを越境する探究心は早くも全開だった。

▲ Me and Julio Down by the Schoolyard(公式ビデオ) — ソロ始動を告げる軽快なヒット。

第7章 『Still Crazy After All These Years』— ソロ初のAOTY(1975)

1975年の『Still Crazy After All These Years』は、成熟した大人のポップスとして高い評価を獲得。『50 Ways to Leave Your Lover』は全米No.1を記録し、アルバムは第18回グラミー賞で Album of the Year を受賞した。

受賞スピーチでサイモンが放った「今年アルバムを作らなかったスティーヴィー・ワンダーに感謝を」というジョークは、グラミー史に残る名場面として今も語り継がれている。

▲ 50 Ways to Leave Your Lover(公式音源) — 全米No.1、AOTY受賞盤の代表曲。

第8章 停滞と模索 — 映画・実験の80年代前半(1980〜1983)

1980年、自ら主演・脚本を務めた映画『ワン・トリック・ポニー(One-Trick Pony)』とそのサウンドトラックを発表するが、商業的には苦戦。1981年にはセントラルパークでのサイモン&ガーファンクル再結成コンサートに50万人以上を集め、伝説的ライブ盤を残した。

1983年の意欲作『Hearts and Bones』はセールス不振に終わる。この創作的な行き詰まりこそが、次の大転換『Graceland』への渇望を生むことになる。

第9章 『Graceland』— ワールドミュージック革命(1986)

1983年、南アフリカのストリート音楽のカセットに衝撃を受けたサイモンは、アパルトヘイト下の南アで現地ミュージシャン(Ladysmith Black Mambazo 等)とレコーディングを敢行。1986年8月25日にリリースされた『Graceland』は、ポップ、ロック、ズィデコ、イシカタミヤ、ムバカンガを融合させた革命的作品となった。

『You Can Call Me Al』『Diamonds on the Soles of Her Shoes』等を擁する同盤は全世界1,600万枚超を売り上げ、第29回グラミー賞 Album of the Year、翌年には表題曲が Record of the Year を受賞。文化ボイコットを巡る論争も呼んだが、ワールドミュージックを世界の主流へ押し上げた金字塔として National Recording Registry にも登録された。

▲ You Can Call Me Al(公式ビデオ) — チェビー・チェイス共演で知られる『Graceland』の象徴曲。

第10章 探究の継続 — 『The Rhythm of the Saints』と『Capeman』(1990〜1997)

1990年の『The Rhythm of the Saints』ではブラジル・西アフリカのリズムを軸に据え、『Graceland』のワールドミュージック路線を発展させた。1991年には再びセントラルパークで単独無料コンサートを開き、約75万人を動員する。

1998年にはブロードウェイ・ミュージカル『The Capeman』を制作。興行的には短命に終わったが、その音楽性は後年再評価されている。

第11章 円熟の巨匠 — 21世紀の創作(2000〜2018)

2000年の『You're the One』はグラミーにノミネートされ健在ぶりを示す。2006年の『Surprise』ではブライアン・イーノと組み、2011年の『So Beautiful or So What』、2016年の『Stranger to Stranger』では実験的な音響探究を続け、いずれも高い批評的評価を得た。

2018年、サイモンは大規模ツアーからの引退を表明し「Homeward Bound: The Farewell Tour」を敢行。同年の『In the Blue Light』では過去曲を新たな編曲で再構築した。

第12章 レガシーと業界への影響 — 詩と越境の遺産

サイモンの功績は、ポップソングを文学の域にまで高めた歌詞と、ジャンルの境界を軽々と越える音楽的好奇心にある。フォーク、ゴスペル、レゲエ、アフリカ、ブラジル——彼が扉を開いたワールドミュージックの潮流は、以後の無数のアーティストに影響を与え続けている。

2023年には瞑想的な組曲『Seven Psalms』を発表し、80代にしてなお創作の最前線に立ち続けた。ケネディ・センター名誉賞、ガーシュウィン賞、ロックの殿堂2度の殿堂入りは、その比類なきキャリアへの当然の敬意である。

▲ Diamonds on the Soles of Her Shoes(公式ビデオ) — 南アのコーラスが世界を魅了した名演。

第13章 グラミー賞 完全受賞歴と Big 4 詳細

ポール・サイモンはソロおよび Simon & Garfunkel 名義を合わせ、通算16回のグラミー賞を受賞している。主要「Big 4」部門を中心とした受賞歴は以下の通り。

  • 【Album of the Year】第13回(1971)『Bridge over Troubled Water』(Simon & Garfunkel)

  • 【Album of the Year】第18回(1976)『Still Crazy After All These Years』(ソロ)

  • 【Album of the Year】第29回(1987)『Graceland』(ソロ)

  • 【Record of the Year】『Mrs. Robinson』(第11回/1969)

  • 【Record of the Year & Song of the Year】『Bridge over Troubled Water』(第13回/1971)

  • 【Record of the Year】『Graceland』(第30回/1988)

  • その他、最優秀男性ポップ・ヴォーカル、最優秀編曲、コンテンポラリー楽曲賞など多数 — 通算16回

Album of the Year を3回受賞したアーティストは、グラミー史上でもポール・サイモン、スティーヴィー・ワンダー、フランク・シナトラ、テイラー・スウィフトの4組のみ。サイモンはこの最高峰の記録を持つ数少ない存在である。

第14章 全アルバム一覧(主要スタジオ盤)

◆ Simon & Garfunkel(デュオ名義)

  • Wednesday Morning, 3 A.M.(1964)

  • Sounds of Silence(1966)

  • Parsley, Sage, Rosemary and Thyme(1966)

  • Bookends(1968)

  • Bridge over Troubled Water(1970)

◆ ソロ・スタジオ・アルバム

  • The Paul Simon Songbook(1965)

  • Paul Simon(1972)

  • There Goes Rhymin' Simon(1973)

  • Still Crazy After All These Years(1975)

  • One-Trick Pony(1980)

  • Hearts and Bones(1983)

  • Graceland(1986)

  • The Rhythm of the Saints(1990)

  • Songs from The Capeman(1997)

  • You're the One(2000)

  • Surprise(2006)

  • So Beautiful or So What(2011)

  • Stranger to Stranger(2016)

  • In the Blue Light(2018)

  • Seven Psalms(2023)

関連リンク — GAJ ヒストリー & Spotify

ポール・サイモンが Album of the Year を受賞した 1971年・1976年・1987年 のグラミー賞は、GAJ グラミー・ヒストリー・アーカイブで各回の全受賞記録をたどれます。同じく AOTY 3回受賞者である Stevie Wonder / Taylor Swift の「アーティスト歴史 完全版」もあわせてご覧ください。

(本記事は GAJ = ジ・アソシエーション・ジャパン / 株式会社BRUSH MUSIC 運営の「グラミー賞 受賞アーティスト」アーカイブの一環として制作されています。)

 
 
 

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